証券会社と増資インサイダー

何故、増資インサイダーは起きるのでしょうか。
証券業界の構造的なしくみに問題があるといった興味深い話だったのでまとめました。

そもそも「増資」とはある企業が株券を発行することで株主に株券を買ってもらい資産を増やすことをいいます。「増資」における証券会社の一面として株券の発行体である企業と買い手の仲介を担う役割があります。つまり証券会社が間に入ることによって資産家と企業の関係作りをすることで「手数料」を貰い証券会社は「手数料」によって収益を得るといったビジネスモデルを形成しています。

証券会社の役割としての一面がわかったところで、さらに内部の話へつっこんでみます。
証券会社における「増資」ビジネスを担当するグループを投資銀行部門といった名称で呼んだりします。主に合併や買収(増資も含む)といった財務戦略におけるアドバイスを担う役割で投資市場から資金調達することを目的にしているグループです。つまり証券会社(投資銀行部門)の人間はいつだって「増資」といった内部情報を知りうる立場にあります。

しかしこういった内部情報を外部への拡散を防ぐ役割として証券会社は自主的にルールを設けています。
それが「チャイニーズ・ウォール」といった万里の長城を連想させる論理的な情報障壁のことです。
これにより内部情報が身内である営業部門の社員に漏れないようにする目的があるわけです。
しかし実際に「チャイニーズ・ウォール」の役割は物理的に投資銀行部門といった引受部門と営業部門を引き離し、うっかり内部情報が漏れないようにしたりするといった意味しか持っていないのが現状です。
これで証券会社における役割と内部情報を知りうる立場が存在し、内部情報を管理する自主的なルールが存在することがわかりました。

ではなぜインサイダー取引によって多額の利益を得る人が存在するのでしょうか。
これには「増資」における市場の反応と証券会社の役割について再度説明する必要があります。

一般的に増資における方法のひとつとして「公募増資」といったものが存在します。
「公募」という文字通り市場に対して不特定多数の買い手に株を買ってもらい株主になってもらうのが「公募増資」です。メリットとして買い手の対象範囲が広いため資金が集まりやすいといった点が挙げられます。しかし、これは既存株主からすると権利の希薄化につながり市場の反応として「売り」要因に繋がる一面を持っています。どういうことでしょうか。

増資手段についてもうひとつの「ライツイシュー(株主割当増資)」について説明します。
「公募増資」が不特定対数の株主を募集するのに対し、「ライツイシュー(株主割当増資)」とは、既存の株主に対して新たに株券(新株予約権)を発行するといった増資方法です。このメリットとして株主の権利が「希薄化」しない点が挙げられます。

先ほどから言っている権利の「希薄化」とはどういう意味でしょうか。
例えば株主が保有している株が総発行株数1000株に対し100株保有している場合、現在の株主は10%の権利を持っていることになります。ここで発行体である企業がもう1000株の発行をしました。

ライツイシュー(株主割当増資)」の場合、既存の株主に対して比率(保有株数1:新株予約権1)を決定し新株予約権を割り当てます。つまり100株保有している株主に対してもう100株の新株予約権を与えることで総発行株数2000株に対し200株保有でき、株主の権利は10%を維持することができます。

「公募増資」の場合はどうなるでしょうか。公募増資は先ほど説明したように不特定多数の買い手(新たな株主)を募集します。これにより既存株主の権利は総発行株数2000株に対し100株のままとなり、株主の権利は5%となります。つまり権利の「希薄化」が起こるわけです。また「公募増資」によるマーケットの反応は株主の権利が弱くなる(希薄化)のであれば売ってしまおうという動きがでてくるのが市場心理となっています。
これで「公募増資」が市場に対して「売り」要因になることはわかりました。

そしてこの「公募増資」という方法が「増資インサイダー」につながってきます。

前述したとおり証券会社の仕組みを理解していれば増資を考えている企業が証券会社(投資銀行部門)へやってきます。ここで企業による「公募増資」を行う方針で「事前調査」を行うことになります。
この「事前調査」とはなんでしょうか。

具体例として「JAL再上場」のケースを挙げます。

JALが再上場する際に新聞には「募集価格3790円」で決定したと一面に載っていました。
ではこの「募集価格3790円」はどのように決めたのでしょうか?

まずJALが主幹である証券会社の投資銀行部門へ増資の話をして1株いくらになるか相談しにやってきます。
ここでは証券会社は類似企業(ANAとか)の市場価格などを参考に論理的な価格を算出します。

さらにJALの社長(稲盛さん)が自ら機関投資家へ訪問し自社の説明をしヒアリングを行います。

そしてヒアリングの結果と主幹証券会社の判断を考慮し仮条件を決定します。
3500〜3790円くらいといった具合です。通常仮条件は価格に幅を持たせます。

最終的に機関投資家個人投資家を対象に提示された価格に対し欲しい株数と価格を募集します。(ブックビルディング方式
この結果を踏まえてJALと主幹証券会社が公開価格(3790円)を決定します。
(※この方式には通常1ヶ月程度かかる。)

ここでは既に証券会社も機関投資家も上場前に内部情報を保有していることになります。
さらに証券会社は投資家と発行体である企業の仲介役として、事前に営業部門と連携をとることで、どの程度売ることができるか「収益」を上げるために連携をとります。営業部門は事前調査として機関投資家へ需要の調査を行います。

つまり既に内部情報は証券業界のシステム上、誰もが知りうる立場にあります。
近頃、問題になっている増資インサイダー情報はこういった証券業界の構造的な問題上、防ぎようのない問題です。これで「公募増資」の特徴や証券業界の構造上の問題が理解できました。

あとは機関投資家などのヘッジファンドが利益を得る為に「公募増資」を行う企業の株を空売りします。空売りとは証券取引の売買手段のひとつで信用取引といい現物の株を保有していなくても証券会社から株を借りて売ることが出来る手法です。「公募増資」は市場に対して「売り」要因である特徴を踏まえて一旦株価は下落していきますから事前に下落前の価格で売買し、その価格より下がった時点で買い戻せば差額がそのままリターンとなります。

増資インサイダーにまつわる話、構造上防げないことが解っているのであれば行き着く先はそれぞれの倫理観に任せられます。医療における命の倫理は崇高に感じますが、お金における倫理って汚く感じます。でも倫理観っていうのは人それぞれで正しい答えが無いのである意味、哲学的です。

これが新聞でよく見る話題のひとつでした。